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ヒストリカルゾーン

ヒストリカルゾーン

ノリタケの歴史は、日本の洋食器の歴史に重なります。明治の赤レンガ建築に黎明期の息吹を感じてください。

ここは「近代陶業発祥の地」赤レンガ造りの工場から世界へ、ノリタケが送り出されたのでした。

森村市左衛門によって設立された貿易会社「森村組」は陶磁器製造のため、1904年(明治37年)に日本陶器合名会社の最初となる工場を建設しました。1975年(昭和50年)まで稼動したこのしっとりと風情のあるたたずまいが印象的な赤レンガ造りの建物は、まさに日本の洋食器の歴史を象徴するものです。ゆっくりと界隈を散策して、当時の雰囲気にひたってみてはいかがでしょう。

●経済産業省 近代化産業遺産群 認定

●名古屋市 認定地域建造物資産 認定

散策ガイド

日陶神社

日陶神社

社運の隆盛と安全の祈願を込め、天照大神、熱田大神、迦具土神の三神を祀り、1940年11月19日に建てられました。ノリタケの初代社長、大倉和親はこの工場敷地内に家を建て、陶磁器産業の発展に全力で立ち向かいました。その後、大倉和親邸の跡地に当社殿は造営され、石造の狛犬は1941年4月に社内婦人会有志によって寄進されました。

赤レンガ棟

赤レンガ棟

煉瓦は日本の開国と共に幕末から輸入されはじめ、明治になると国内でも作られ、文明開化のシンボル的存在として、多くの建造物に使用されました。1904年に建てられた、日本陶器合名会社の工場もレンガ造りでした。この赤レンガ棟は当時の建屋で、現存する唯一のものです。森村市左衛門ら創立者6名の宣誓文が埋められるなど、当時の思いが込められた建物で、貴重な産業遺産としてその姿をとどめています。

6本煙突モニュメント

6本煙突モニュメント

巨大な6本煙突のモニュメントは、1933年工場大改造時に建造された陶磁器焼成用トンネル窯の跡です。その根元には窯から排出される煙を煙突に送り出すための煙道も姿をみせています。ノリタケチャイナは年間550万個が生産され、世界中へ輸出されてゆきました。当時この大煙突は45メートルの高さで、テレビ塔が建てられるまでは、名古屋城と並ぶ最も高い建造物の一つでした。1979年工場移転と共に、モニュメント部分を残し撤去されました。

単独窯

単独窯

ノリタケの窯の歴史は、1904年この則武の地に創業の窯として、丸窯の上に煙突を立てた第一号窯から始まり、現在の環境に優しい煙突のないトンネル窯へと発展してきました。その間幾度も改良が加えられ、歴史の中で多くの窯が生まれました。その中の比較的小さな古い単窯の一つをモニュメントとして保存いたしました。

海を渡ったグローバルスピリッツ

海を渡ったグローバルスピリッツ
ブロードウェイ540番地のモリムラブラザーズ(森村組の販売店)1883年頃

ノリタケの創業までの歩み。その足跡をたどれば、ペリーの来航で鎖国が解かれたばかりの日本へとさかのぼります。森村市左衛門は1876年(明治9年)に、貿易商社「森村組」を設立し、弟の豊(とよ)とともにニューヨークで輸入雑貨店「森村ブラザーズ」をスタートさせました。これは開国以来、民間人による初めての海外貿易であったといわれています。その後、白く精緻な磁器に魅せられた森村兄弟らは、1904年(明治37年)に日本陶器合名会社(現 ノリタケ)を設立し、日本での本格的な洋食器製造の道を切り拓いていきました。

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